まほらの天秤 第20話


あの事故の日に無くしようやく取り戻した荷物から、衣類を取り出して今日持ってきた新品と入れ変えた。カバンに入っていた分は屋敷に戻ったら洗濯しなきゃと考えていると、新しいカバンの底に茶色い包み紙があるのが見えた。

「あ、忘れてた。はいこれ、プレゼント」

椅子に腰かけスザクの様子を伺っていたルルーシュに、紙袋を手渡した。
ずっしり重いそれに、彼は小首を傾げたあと、いらないと返した。

「君に買ってきたんだ。ほら、開けてみて」

手でルルーシュを制してにっこり笑顔でそう言えば、流石に拒否しきれなかったのか、あるいは持った感じで中身が解ったのか、彼は紙袋から中身を取り出した。
出てきたのは3冊の本。

「君がどういう物を読むか解らなかったから、今ベストセラーになっているのから選んできたんだ。君、本好きだろ?」

ちりんと鈴が鳴り、肯定を返した。

「よかった。僕は本は読まないから、面白い本かは解らないんだけど、暇なときにでも読んでくれると嬉しいな」

ここにいれば暇な時間しかないだろう。
しばらく悩んだ後、彼は素直にちりーんと鈴を鳴らした。
表情は相変わらず解らないが、どこか嬉しそうに見える。
この家にある本は、あの歴史書のみ。それでも何度も何度も読み返された跡があった。彼は文字を読むことができるし、文章にも飢えている事はまちがいから喜ばれる事は解っていた。
そんな姿に思わずくすりと笑みがこぼれる。
それに気付いたのか、彼は本から視線をこちらに戻した。

「で、お願いがあるんだけど。こっちの荷物、預かっててくれないかな?」

僕は中身を入れ替え終えた鞄を持ちあげた。
色々悩んだ末、免許証やパスポートの類を入れたまま、ここに隠すことにした。

ダールトンは強制的に連れてこられた。
ジノの弟の病気のタイミングが良すぎる。

ここに奇跡の担い手を閉じ込めるため、何をしてくるかは解らない。
スザクの荷物をいらない物、探す必要のない物とあちらが判断している以上、持って帰れば紛失する可能性があるのだ。
ならば、ここを出るまでの間こちらに隠しておくのがベスト。
そう思ったのだが。

チリンチリン。

予想通り拒否された。

「でもね、ルルーシュ。どうもあの屋敷の人は、僕をあの場所に留めて置きたいみたいなんだ。僕が枢木スザクの生まれ変わりに違いないって言ってね」

チリーン。

迷うこと無く返された肯定に、やはりそうなのだと理解した。同時に彼はこんな場所に閉じ込められていても、周りの状況をしっかりと把握していることがわかる。

「そうなると、免許証やパスポートが入っている鞄を盗まれる危険性があるよね。これが無ければ僕はこの国の中を歩きまわれないから。でも、それは困るんだよ。この中には僕の大事な家族の遺品も入っているからね」

大事な家族の遺品。
その言葉に、彼はハッとしたようにこちらを見た。

「うん、僕にはもう家族と呼べる人はいないんだ。住んでいた家ももう無い。だから、ここに入っている物が僕の全財産で僕の宝物なんだよ」

この中のものは無くしたくないんだ。
カグヤがくれた彼女の遺品。数百年も前のものだからボロボロで脆い。触れれば壊れかねないため強化プラスチックのケースに入れている、彼女がくれた最後のプレゼント。昔は苦手だったカグヤだが、それでも肉親としての情を向けてくれた唯一の人物だった。
彼は席を立ち着いてこいと仕草で促した。僕は鞄を持って彼の後を追った。
着いた先はいつもの菜園。
その奥にある農具置き場。

「あ、そっか。家の中だと定期的に来ている人に見つかったら、君が盗んだって話しになっちゃうよね」

だから隠すなら外なのだ。
彼は大きなビニール袋をそこから出すと、鞄をその中に入れてきっちりと口を縛り、農具の奥へ隠した。
迷彩色が施されたビニールシートを掛ければ、遠目からは解らなくなる。

「ありがとう、助かるよ」

ちりん。

ここなら大丈夫だという様に、鈴は涼やかな音を鳴らした。




「あらスザク、何をしているんですか?」

森から戻ってきたスザクは、何故かおかしな場所にいた。
私は思わず首を傾げながら尋ねると、彼は恥ずかしそうに頬を染めて頭をかいた。

「見て解りませんか?」
「解りません」

スザクの目の前には大きな音を発している機械。
普段はこの部屋に立ちいる事はないから、止まっている姿は見た事はあるが、動いているのは初めて見た。
ゴウンゴウンと大きな音が部屋のなかに響いている。

「洗濯をしているんですよ、ユーフェミア様」
「洗濯、ですか?スザクが?」
「ええ。洗濯ものを貯め込んでしまいましたので、洗濯機を借りていたのです」

洗濯、この機械は洗濯機なのだという。
つまり衣類を洗うための機械。

「そんな事スザクがする必要はありません、メイドに任せたらいいのです」

これらは従者の仕事であって、スザクがすべき事ではない。
そう思い言ったのだが、スザクは苦笑しながら首を横に振った。

「いえユーフェミア様。この程度の事、自分で出来ますので」
「そうですか・・・」

スザクは手に持っていた袋を折りたたみ持っていたリュックに入れると、こちらへ近づいてきた。

「洗濯は終わるまで時間がかかりますので、自分は他の場所に行きますが、ユーフェミア様はどうされますか?」
「他の場所、ですか?」

慌てて物珍しげに洗濯機をみつめていた視線をスザクに戻した。
私はスザクを探していただけなので、他の場所と言われても答えられなかった。

「スザクはどこか行く場所があるのですか?」
「はい。少しお腹がすいてしまったのでキッチンを借りようかと」

昼は食べたが、体を動かしたせいか物足りないのだという。

「キッチンを?スザクがですか?」

何かを『作ってもらおう』ではなく、『借りる』と彼は言った。

「はい。何か問題でも?」
「え?いえ、スザクは料理が作れるのですか?」
「本格的な物は作れませんが、お腹に入れられるぐらいの物は作れますよ」

当前だと返された言葉に、私は驚き声を無くした。
自分で洗濯をし、料理も作れるというスザク。
テレビや雑誌では、好きな相手に料理を作るという話がよく出てくる。
料理上手なお嫁さんが喜ばれるという話も聞く。
だが私は料理などした事もない。
料理・・・。
騎士である以前に男であるスザクに、女である私が負けてはいけないのでは。
そう、スザクに美味しい料理・・・は無理でも、美味しいお菓子を作るぐらい!
そう意気込んでいる間にキッチンへたどり着いた。
スザクは前もってキッチンの使用許可を貰っていたらしく、手際良く準備を進めて行く。

「・・・何を作るんですか?」
「ホットケーキ・・・いえ、パンケーキを」
「パンケーキですか?」
「とはいっても、これを使うんですけどね」

彼がリュックから出したのは、パンケーキの写真が載った箱。

「これに卵と牛乳を混ぜて焼くだけなんです」

便利ですよね、ホットケーキミックス。
中身を取り出した箱を見ると、指定された分量のミルクと卵を加えて混ぜるだけで作れるのだという。

「・・・簡単、ですね」

もっと面倒な物だと想像していたため、あまりにも簡単な説明に拍子抜けしてしまう。

「はい。僕にも出来るぐらい簡単ですよ」

見ると、ボウルに粉と卵、牛乳を入れ、スザクは手際よくかき混ぜていた。
それからほんの数分後には、綺麗な狐色のパンケーキが何枚もお皿の上に乗っていた。焼くのにはコツがあるらしく、フライパンを何度も濡れ分金の上に乗せながらスザクは焼いていたが、コツらしいコツはそれだけだった。

「ユーフェミア様も一緒にいかがですか?」

あっという間にすべて焼き終えると、後片付けをしながら訪ねてきた。

「頂きます!」

スザクは優しく微笑んで、では用意いたしますと一礼した。
テラスに用意された席には、先ほどスザクが作ったパンケーキ。スザクの皿には丸いパンケーキが何枚も乗っているが、私のは1/4ほどに切り取られ、メイプルシロップと生クリームも添えられていた。これらはスザクが料理長に声をかけ、私が口にするという事で、綺麗に盛り付けさせたものだ。



「おいしいです、スザク」

ほんのり甘いパンケーキに、私は満面の笑みを浮かべた。
あんなに簡単なのに、こんなにおいしくふんわりしたパンケーキが焼けるなんて知らなかった。

「お口にあってよかったです」

スザクも切り分けながらパンケーキを口に運ぶ。「うん、おいしい」と、嬉しそうにその顔がほころんでいた。

「スザクは他にも料理を作れるのですか?」
「ええ、僕はずっと一人で生きてますから、それなりに作れますよ。でも、今回のように手軽に作れるセットを買って作ることの方が多いんです」

ここの料理人のように一からは作れません。
手軽に作れるセットと言う言葉で、私は思い切って尋ねてみる。

「私にも作れるのかしら?」

その言葉に、スザクは驚き目を見開いた。

「ユーフェミア様が、ですか?」
「はい。無理ですか?」
「いえ、無理ではありませんが、ちなみに今まで料理は?」
「作った事はありません」

スザクは納得したように頷くと、紅茶を口にした。

「やはり、おかしいですか?私が作りたいというのは?」
「いえ、おかしくなどありません。興味があるようでしたら是非作ってみるべきです。そうですね、まずはお菓子から作ってみるのがいいかもしれません。僕が今日つかったような、粉末のセットを買って作ってみましょうか」

クッキーなども、材料の大半が既に混ざっているセット物が売っているという。

「ええ、では今日はお菓子の材料を買いに行きましょう」

その言葉に、スザクは笑顔で頷いた。

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